ファンドレイジング道場

民間非営利組織(NPO)や社会起業家のファンドレイジング(資金調達)についての考え方、アイデア、事例などを発信しています!

カテゴリ: 寄付文化について考える

日本人は寄付しない。は本当でしょうか。

ある意味、本当で、ある意味、本当でない。

実感値としても寄付白書の調査でも、「今年、寄付したなあ」と感じている人は3人に1人。

そんな感じですよね。きっと身の回りを考えても。

ほとんど無意識の寄付である、寄付付の商品の購入だったり、募金箱に小銭を入れるといった行為を含めるともっと伸びるのかもしれません。

確かに、日本人にとって寄付はそんなになじみがある行為じゃない。

寄付する人もいるけど、空気としては、「レアな人」的な扱いだったりします。

何故なんだろう。

いろんなことがいわれます。

日本人は、社会サービスは行政が担うものだと思っているから

キリスト教徒が少ないから

おカネで支援すると偽善ぽいから

ちゃんと使われないから

どこに寄付したらいいかわからないから

そもそも、頼まれないから

日本人は現世主義だから

みんな自分のことしか考えていないから

貧しくて、余裕がないから


それぞれ、スゴクしっかり検証したくなってきた。

何故、そう感じる人が多いんだろう。

日本人は、そうだから?

いえいえ、結構誤解もある。

しかも、日本社会って、「みんながそう思うこと」が社会のルールになってきた社会。

世界でもスゴク珍しい社会。

ある意味、スゴク変わりやすい社会。

にもかかわらず、これまで明治維新以降の百数十年、寄付ってなじみがないままだったのは
何故なんだろう。

不思議だよね。

日本の文化だから?

いやあ、すみません。ずいぶん更新とまってました。

理由は・・・一身上の都合です・・・・


さてさて、

タイガーマスク運動、すごかったですねえ。
1月中旬の1週間は、20社近くから取材やインタビュー依頼がありました。

おかげで、日本ファンドレイジング協会の寄付白書もあっちこっちで
引用されたし。

しばらく寄付文化論、考えてみたくなりました。

日本人は何故、寄付になじみがないのか

なぜ、「日本には寄付文化がない」という言われ方がするのか

日本人にとって、寄付って?

宗教と寄付の関係って?

そうしたことをしばらくディープに考えてみたくなりました。

しばらく、私が極めるまでおつきあいください。

感動する出会いってあるじゃないですか。

人生の中で、探し求めていた盟友にめぐりあうような。
素晴らしい先輩や師にめぐりあうような。
そんな出会いでした。

三菱総研理事長、元東大総長の小宮山さんに、インタビューにお伺いしました。

ご存知の方も多いと思いますが、小宮山さん、東大総長時代に、ハーバードなどが数兆円の寄付を集めるという状態に比較して、日本の大学が寄付を集めないという状況を憂い、大学の130周年事業として寄付募集を行い、139億円前後の寄付を集めきった方でもあります。

日本の寄付文化に対する想いも強く、いろんなところで講演もされています。

2020年、寄付10兆円時代の実現を目指しています・・・

というと、瞬間、頭の中で計算された感じのあと、

「う・・・ん、そうだね、10年だとそのくらいだね」と当たり前のようにおっしゃられて、それまた嬉しいなあ。

東大総長時代も、寄付募集をやるというと、東大の総長がそんなみっともないことするなという声もあったんですって。そういう声に「何をばかなことを」と一蹴して取り組まれたとか。

いい教育をするために、必要なんだから、集める。それに過ぎない。


「今、坂の上の雲が始まったけど、昔は坂の上に欧米なりの目指すべきモデルとしての「雲」があった。今は、雲の中に我々はいる。雲の中で、まよってどっちにいくか考えている。そういうときには、一人ひとりが行くべき道、社会のあるべき姿を考え、自ら創っていくことが大切。昔は人任せ、行政まかせでよかったが、それではもうだめだ。

税金も、行政任せでよろしくではだめな時代になった。寄付は、自分で社会をどうするのか考える行為。今の時代こそ、寄付を進めることで、個々人が自立する社会を創る」


この対談、ファンドレイジングジャーナルに今後掲載されます。
ご購読はこちらから → http://jfra.jp/update/p03/

「日本社会に欠けているのは、『寄付の成功体験』だ」と感じるようになったのはいつごろからだろうか・・・

日本社会は、世界でも稀にみる「実体験重視型」社会で、そこがアメリカなんかとは違うところだと思うんです。

「これが正しいから、こうしよう」というよりは、「みんながこういう経験をしたから、こうしよう」ということのほうが圧倒的に多い社会です。


だからこそ、寄付して、身近なところで成果が見えて、達成感があることってとても大事だと思います。

今年度の補正予算で、内閣府が90億円弱の予算をつけて、各自治体で寄付やNPOバンクなどの資金が循環する取組を支援するということが検討されています。

詳細はまだこれからですが、各都道府県に分配されるということであるとすると、うまく活かされるとすれば、いいきっかけのお金になる可能性もあります。一歩間違えると、残念なこともあるかもしれませんが。

明日、明後日は、島根で開かれる「NPO活動推進自治体フォーラム 島根大会」で基調講演とパネルディスカッションのファシリテーターをいたします。
http://www.pref.shimane.lg.jp/npo/forum_2010_shimane/

全国から400名が集まるこの大会、丁度、内閣府の予算措置の関連もあり、自治体とNPOがどう連携するとこうしたきっかけをうまく活かせるかということを考えるいい機会になるかもしれません。

全国あつまる自治体の担当者のみなさんと、是非、いい議論をしたいと思っています。

新しい公共















(新しい公共調査会(座長 鳩山元首相)で、日本版プランドギビング信託と税制拡充のポイントについて説明)

パラダイムシフトがおこりつつある

今、日本社会で動きつつあるいくつかの仕掛けの中で、統一的なキーワードは、「パラダイムシフト」だと思っています。

「寄付税制の拡充」・・・「日本政府も、社会も、そろそろ真剣に寄付に向き合うんだ」、という空気ができる。社会の空気を変えるパラダイムシフト

「仮認定NPO制度の創設」・・・「ポイントは、3000円以上で100人の寄付者を3年以内に集める」というところ。1万団体が仮に100人の寄付者にするということは、100万人が寄付者になるということ。NPOってなんだかよくわからないという社会の空気が変わるパラダイムシフトの仕掛けです

日本版プランドギビング信託・・・「寄付って小口でしょ」というパラダイムが「寄付って結構ちょくちょく数千万とかになるよね」という感覚になるパラダイムシフト。

内閣府の全都道府県一律配布の資金循環促進予算・・・「地域で資金循環の成功事例がたくさんうまれて、「なんや、頑張ってるやん!」という空気ができる仕掛けにも活かせるパラダイムシフト。

あと、今ある動きで注目なのは、JustGiving.・・・「寄付してくださいから、一緒に寄付を集めてください」寄付集めが楽しくなり、主役が支援者であるというパラダイムシフト。

こうした動き、連動して今からの2年間を彩るキーワードになります。

JG

★★★★★★★★★★★


この100日間連続投稿チャレンジは、
寄付文化革新を目指し、
日本中のファンドレイジングに取り組む人に勇気と気づきを与える「ファンドレイジング日本2011」(2011年2月5ー6日)で400名の参加者を元気にすること、

そして、今進んでいる寄付税制の改正がいい形で進むことを祈念した「お百度チャレンジ」です。

現在3日目。
早速16000円強のご支援、ありがとうございます!

このチャレンジを応援していただける方、是非 
http://justgiving.jp/c/869 

から応援してください!
ご支援は、日本ファンドレイジング協会の寄付文化革新へのチャレンジに活かします。


竜馬伝にみる、英雄の気質

今、竜馬伝、いいですねえ。佳境に入ってきて、竜馬が、容堂公を説き伏せて、大政奉還の建白書を書かせる場面。しびれますねえ。

この竜馬伝、司馬遼太郎の「竜馬がゆく」を熟読したものからすると、少し設定や状況に違いがあるんですが、私もどっちが正しいのかは知りませんが、まあ、純粋にドラマとして楽しんでいます。

その中で、後藤象二郎(土佐藩の参政で、竜馬とともに大政奉還を建白するように働きかけ、維新後は、政府の中枢にいた明治維新の元勲)の描かれ方がずいぶん違っているんですよね。

写真(講演UP小)


























司馬遼太郎の中での後藤新平は、竜馬に師事しつつも、どこかつかみどころがない「大物」風の若者、そして抜け目ない立ち回りをする人物として描かれていますが、

NHKの竜馬伝では、最初は嫌な奴、そして後半はかなり「熱い」男として出てきます。特に、大政奉還に強烈に反対する容堂公を説得する場面。竜馬が脇差を差し出し(意見が通らなければ切腹する覚悟を示しています)て「ご決断を!」を迫った際、立ち去ろうとしかかった容堂公(立ち去ると、竜馬は腹を切る可能性があります)に対して、自らも「ご決断を!」と怒鳴り脇差を差し出し、切腹する覚悟を示すシーンは圧巻です。

その直前、何故竜馬なんじゃと尋ねる容堂公に対して、「わしは、竜馬をねたんどるんです!次々大事を成し遂げるあの男をみとるとく悔しくて悔しくてたまらんのです!」と唇を震わして咆哮していた後藤と、そのあとに命をかけて竜馬を支える後藤。

その後藤、こんな言葉を残しています。

よく聞け、

金を残して死ぬものは下だ。

仕事を残して死ぬものは中だ。

人を残して死ぬものは上だ。

よく覚えておけ。


実は、ご存知の西郷隆盛も

「子孫に美田を残さず」という名言を残しています。

明治維新の元勲たちの人生観、世界観が見えるようです。

今、遺産を自分たちの子どもに残すことが美徳であるという社会の空気の中で、「社会に還元する」という行為こそ求められる姿ではないかという議論が増え始めています。

実は、資産の一部を社会還元して、寄付するという行為に関心を持つ人の層も確実に増えてきています。

今後、こうした動きが加速化することで、日本社会における寄付のパラダイムシフトを起こしたいと思っています。

日本版プランドギビング信託は、そのシニアの社会還元が進むメカニズムですが、その仕掛けが民主党の税制改正要望に残るところまできました。

これをメカニズムとして構築しつつ、次のステップは、ソフト面、いわゆる「シニアの社会還元」の空気をどう創るか。この仕掛け、来年、やりたいことがあるんですよね・・・・シニアにとって、子どもたちに資産を残すだけではなくて、社会に一部還元するのだって素敵じゃないかというパラダイムを創りだす仕掛けです。

もう少し固まったらお知らせしますね。


★★★★★★★★★★★

この100日間連続投稿チャレンジは、
寄付文化革新を目指し、
日本中のファンドレイジングに取り組む人に勇気と気づきを与える「ファンドレイジング日本2011」(2011年2月5ー6日)で400名の参加者を元気にすること、

そして、今進んでいる寄付税制の改正がいい形で進むことを祈念した「お百度チャレンジ」です。

このチャレンジを応援していただける方、是非 
http://justgiving.jp/c/869 

から応援してください!

この週末は、お寺づいていました。八坂神社、清水寺、東福寺という京都の神社・お寺をめぐったあと、明治神宮にいくことになりました。

京都は、出張で行ったついでに、それぞれのお寺の紅葉を見に行ったんですが、それはもう見事で、あれは絶対に人生で一度はみとくべきですね。

明治神宮は、娘の七五三の祈祷でした。

しかし、改めて神社やお寺をまわってみて、事業モデルがうまく構築できているなあと感じましたね。
もちろん、宗教的実践としてのお祓いなどですのですが、祈祷料という形での定価設定のあるメニューが実に多い。七五三も、5千円、1万円、2万円といった祈祷料に違いがあって、それぞれにもらえる記念品のレベルが違ったり、微妙な違いをつけていました。

他方で・・・同行した家内に聞かれたのですが、「ねえ、神社ってさ、自分たちが寄付受けるだけじゃなくて、NPOとかへの助成とかってするの?」と聞かれて、ハタと考えてしました。

確かに、キリスト教やイスラム教の宗教組織で、NPOなどの活動への助成事業をやっている組織って、世界中に非常に多い。日本でも仏教系の組織でそうした活動を展開している宗教組織はいくつかありますね。

神道系っていうのはどうなんだろう・・・
恒常的な支援プログラムというところまでやっているところってないのじゃないかなと・・

いちど調べてみようかな。

日経BPオンラインにこんな情報が掲載されていました。

ブログネットワーク運営のアジャイルメディア・ネットワーク(AMN、本社:東京都渋谷区)が2009年9月15日発表した「ネット世代の景気と社会貢献に関する意識調査」によると、20〜30代の男女のうち、社会貢献活動に「関心がある」が91.2%に達した。また商品を購入する際、企業の活動を「意識する」も74.0%にのぼった。
 実際の活動への参加については「日常生活の延長で、できる範囲であれば」(65.1%)が最も多く、「直接的にNPOなどの団体に金品の寄付をしたい」(15.1%)や「ボランティアなど実際に自分の時間や体を使って参加したい」(10.8%)を引き離していた。
 「社会貢献は最近身近になったと感じる」は86.1%と多く、理由としては「エコや社会貢献がブームになったから」(56.4%)、「ネットの普及で社会問題・環境問題情報が手に入りやすくなったから」(45.9%)などの回答が多かった。とくに「クリック募金」「検索募金」「クリック植林」や「マイクロファイナンス商品」など、比較的新しい「ネット上の社会貢献活動」については9割程度が関心を持ち、うち半数程度が「参加してみたい・参加を検討してみたい」と考えていた。
 また、回答者の87.4%は「昨今の不景気を実感」しているが、社会貢献活動に関しては「景気に関係なく行われるべき」(34.1%)、「不景気だからこそ行われるべき」(59.9%)など、積極的意見が大半を占め、自身の社会貢献の参加についても「景気に関係なく」(54.2%)、「不景気だからこそ」(30.3)参加したいという意向が強かった。
 調査は「くり返し使うライフスタイル」を提案する三洋電機のキャンペーンサイト「さあ、eneloopの輪に入ろう」事務局と共同で実施。9月11〜14日に、20代〜30代の男女1000人から回答を得た。
(平城 奈緒里=Infostand)

いいですねえ。

特に若い世代の社会貢献への関心は確かに高まっています。

いきなり寄付とかまでいかなくても、まずは関心が高まることが第一。

そのうえで入りやすいところから接点が生じます。

この「空気」が生まれてくると、社会貢献に一生懸命取り組む人への社会全体の見方が変わりますよね。
(大上さん、情報ありがとうございます!)


今日は、フィリピンから来ていたお客さんと一緒に、民主党の岡田幹事長のところにお伺いしていました。

岡田さんも、選挙が近くなっての幹事長ご就任とあって、大変お忙しい中なのに、大変快くご対応いただいき、フィリピンからのお客さんも、大変感激していました。

昨年からご縁があって、岡田さんとは何度かご夕食をご一緒していますが、この方は、本当に気さくで、誠実な方だなあと思います。

先日の党首選挙では敗れはしましたが、是非とも政策面でNPO税制や援助政策などで、いい基軸を打ち出してほしいと思いますね!

次回の総選挙がどうなるかわ分かりませんが、何か、変化が起きそうな予感もありますね・・・・社会がゆらぎ、変化することは、中長期的に、必ず、民間非営利セクターにプラスに出ますので、楽しみになってきました。

いろいろ「仕掛け」がいのある世相になってきましたね。



昨日は、京都で近畿宗教婦人連盟の会合に参加していました。

ちょっと仕事の関係で講演のアレンジにいったのですが、京都のリーガロワイヤルホテルの会場に1000名の女性が集まり、ちょっと壮観でした。

みなさん、お寺さんなどの奥様の方々なんですが、宗派をこえて集まる独特のネットワークと一体感で、日本にもこうした場があるんだなあと変に関心しました。

さて、今朝のニュースをみていて、ペットに人がいくら使うかという特集をやっていました。

面白いんなと思ったのは、日本人の7割以上の人は、ペットを家族の一員と考えていること。

もうひとつは、ペットにいくらかかるか。特に犬については、生まれてから死ぬまで飼いつづけると、375万円かかるそうですね(ペットの購入費は含まず)。

こうした、「一生でいくら」という金額を見ると、また違った感覚がありますね。

日本人は、一生の中で、いくら寄付をするんだろう。

仮に20歳から70歳までNPOの会員になり続けたとします。これって、ものすごくまじめな支援者ですよね。こうした人はなかなかいません。

1万円の会費として、50年間で50万円がNPOへの会費として払われるということになりますね。

こうやって「生涯寄付」という視点でみると、生涯賃金が2-4億円とすると、その1%として、200−400万円。そうした社会共通の目標設定ってあるかもしれないなあ。

株式会社ライフネット生命の出口社長と対談しました。

その概要がライフネット社のサイトに掲載されていますのでご紹介します。

 http://www.lifenet-seimei.co.jp/deguchi_watch/2009/04/post_35.html


この対談、日本社会の歴史観や時代認識などで、出口社長が進める「共助」型社会の復活と寄付文化の革新に多くの共通項があることに気づかされる、とても楽しい時間でした。

今、日本社会は、お金を「貯める」「増やす」以外に、「活かす」ということをどう考えるかが問われているように思います。

90歳になって数千万の貯金があっても「不安でしかたない」というお年寄りがたくさんいる社会ではなく、お金を活かして幸せになる社会をつくっていきたいですね!



日本ファンドレイジング協会の設立を2月18日に控え、第一回の理事会を開催しました。
ここで定款であるとか代表理事を正式決定して、設立日は2月18日ということで決定しました。

既に460名を超える発起人へのご賛同を全国各地からいただきまして、また、当日の国連大学のシンポジウムも、1月末には360人の定員がいっぱいになったということで、数多くのご期待とご支援に感無量です。

代表理事には、さわやか福祉財団の堀田力さん(元検察庁の方です)になっていただくことも決まりました。

設立時の理事会構成ですが、次のようになることになりました。

代表理事  
堀田力  財団法人さわやか福祉財団理事長

常務理事  
鵜尾雅隆 株式会社ファンドレックス代表取締役

理事    
伊藤美歩 有限会社アーツブリッジ代表
金沢俊弘 財団法人公益法人協会専務理事・事務局長
岸本幸子 NPO法人パブリックリソースセンター事務局長
渋澤 健 株式会社シブサワ・アンド・カンパニー代表
白土謙二 株式会社電通コミュニケーションデザインセンター局長
田幸大輔 社団法人経済同友会企画・政策調査マネージャー
田中 皓 財団法人助成財団センター専務理事
玉井義臣 あしなが育英会会長
林 泰義 NPO法人玉川まちづくりハウス運営会員
早瀬 昇 社会福祉法人大阪ボランティア協会常務理事・事務局長 
船橋 力 株式会社ウィルシード代表取締役
松原 明 NPO法人シーズ・市民活動を支える制度をつくる会常務理事

監事
浅野 晋 弁護士
脇坂誠也 税理士

経済界、中間支援系と現場系の非営利組織、各分野の専門家と多様な第一線の方々にご参加いただけました。法人形態も、任意団体からNPO、株式(有限)会社、公益法人(財団、社団、社会福祉法人)と多様な構成です。

日本ファンドレイジング協会は、学会でも業界団体でもありません。

日本社会に善意のお金が循環する状況を実現するために、多様なステークホルダーの意見を集約して、価値を生み出す取り組みを行う法人として活動を開始します。

おかげ様で、朝日、日経、読売にそれぞれ日本ファンドレイジング協会設立の記事をご掲載いただきました。記者の皆さんのご期待にもこたえられるように頑張っていきたいと思います。

2月18日の設立記念イベント、お会いできる方は楽しみにしています!





「悼む人」(天童荒太著 文芸春秋社)という本が売れているそうですね。

私も買って読んでみましたが、話としては、とてもユニークなストーリーです。

主人公の静人は、全国各地を旅してまわり、その地その地で「死んだ人」を「悼んで」回っているという、とても変わったことをしています。

新聞などで死亡記事が出ると、ノートに記録しておいて、その地をいつか訪れ、事故現場であったり、殺人事件や自然災害の現場であるわけですが、その場でその人のことを想って「悼む」んです。

具体的には、その人がどんな人であったのかを地域の人などに聞いて、その人自身について心に刻むということを「悼む」行為であると静人は考えているのですが、遺族や地域の人の中には、死者を冒涜する行為と考える人がいたり、逆にとても感謝されたりといろいろな場合があります。

彼がどうしてそういうことをするようになり、また、最終的にどうなるのかは、本を読んでいただければと思いますが、ひとつ面白い視点だなと感じたのは、「人間は、死んでしまったのちにも、誰かの心に刻まれていたい」という本能的欲求があるのではないかという視点ですね。

あるいは、その亡くなった人を本当に愛していた人たちにとっても、その亡くなった人がどんな人であったのかということが、他の誰かの心に深く刻まれ、抱かれるようにして残っているという感覚が、欲しくなるということでもあるかもしれません。

そのところは、まだ若輩の自分には感覚的にピンとは来ていませんが、この本を読み進めていくと、確かに人間にはそうした側面があって、ですので、この主人公の「悼む旅」という、一種特殊な行為に、関心を持ち、揺り動かされる人たちがでてくるということなのかなという気がしてきます。

うーむ。人生の中で、死した後も、

「自分が誰を愛し、誰に愛され、そして誰に感謝されていたのか」 

そうしたことをはっきりと心に刻み、記憶し続けてくれる人たちがいる。

そのことが死を待つ自分にとって、あるいは愛する者たちにとって、安らぎとなるという感覚。

この感覚をNPOが受け止められるか。興味深いテーマだなあ。

「悼む人」重い本ですが、なかなか考えさせられました。

月曜日の沖縄はとてもよい天気でした。

ある国際協力団体で一日中期計画とファンドレイジングの計画づくりの話をしたのち、夜には沖縄の各地の30名ほどのNPO関係者の方にファンドレイジングについてお話ししました。

沖縄は、キリスト教徒が多い社会で、一節には人口比で日本で一番教会が多いらしいですね!

他方で、お聞きしたところですと、沖縄の大手企業に社会貢献室がなく、企業メセナなどもあまり活発とはいえないという逆の側面もあります。

そうした中で、個人寄付に相対的に理解のある社会でありそうなものの、NPOが社会から支援を得るうえで、悩みも多いところがあります。

多くのNGOが小規模で、自宅を事務所としていたり、専従スタッフを置いていないというところですが、研修会自体は大変活発に皆さんが議論に参加していただいて、とても楽しい時間となりました。

沖縄の独特の歴史や文化、立ち位置といのは、日本社会の中の数少ない多様性の要素です。

こうした多様性というのは、何か新しい発想や視点を生むものですよね!

そうした期待を感じた一日でした。

先日、関西のある大手私立大の財務部などの方々を対象としたファンドレイジング研修でお伺いさせていただきました。

都合3時間ほどのセッションで大学の関係部門から14名の方が参加されましたが、とても楽しい時間を過ごさせていただきました(お茶の時間にいただいたショートケーキが美味しかったです)

大学の場合、数十億円から数百億円の寄付集め実績がある大手の大学と、そういう成功体験のない地方中堅以下の大学とので資金調達のポテンシャルや取組みも全く違いがあります。

大学全体の調査でも、資金調達担当をおいている大学が約半数ですので、積極性にも大学間格差がかなりあるところがあります。

ただ、総じて言えることは、アメリカの場合も日本の場合も、過去の成功体験(やはり数十億単位での寄付集めの成功体験がある法人が多いというのは強いですね)があるという側面もあり、大学にはファンドレイジングへの先行投資感覚は、相当程度あるという気がします。

先日もそういう感覚を共有しながらお話しができたので、とても楽しかったのですが、その中で、「寄付者の県別特性についてどう思うか」というご質問をいただきました。

確かに、寄付者にも、属性やライフスタイル、価値観に応じた行動様式の違いがありますが、「県別」で見る発想って今まで自分にはなかったので、新鮮な視点でとても興味がわきました。

確かに、いろいろな県のNPOのファンドレイジングをお手伝いすると、「ウチの県は寄付とかはダメなんだよね」という声を聞くことがあります。

多くの場合は、東京などの大都市vs地方都市という構図でそうした発言がでるのですが、例えば長野県と山梨県との間で県民特性としての違いがあるのかというのが興味深いところです。

切り口としてあり得るのが、
‖膾紊里茲Δ法△發箸發函峇院廚紡个靴撞離感というか批判的な見方をしている社会では、一定条件下ではNPOへの資金提供への関心が起こりやすい
⊃生佑篆軍磴里茲Δ法県民・市民が共有する体験として、NPOやボランティア活動への共通理解がある社会では寄付が生じやすい
C聾気鯊緝修垢訛膣覿箸あったりして、その企業が社会貢献活動を一生懸命やっている場合に、その影響で県内で寄付行動への関心が高まりやすい。
っ了や市長が市民活動促進を非常に積極的に進めようとイニシアティブをとっている。

ということが考えられます。
もちろん、伝統的県民特性として、影響を与えるところもあると思います。ホンネでズバッと言える県民性とか、オブラートに包むのがいい県民性とか。

うーん、ちょっとまだ明確に結論づけられませんが、この「県民特性」の切り口、皆さん、どう思われます?

「一杯目の感動が、二杯目も色あせない」(ビール会社)

「お店でしか飲めなかったプレミアム、いよいよ新発売」(ビール会社)

「もう、「着うたフル」はケータイだけのものじゃない」(携帯電話会社)

「語学一筋、20年」(英会話学校)

「春が来た、図書カードが来た、もうつかっちゃった」(図書カード)

「なんで私が東大に!?」(受験塾)

ちょっと前にずっと吊革広告を見ていたときに、気になった広告のキャッチコピーです。

こうしたコピー、もちろん専門の方が考えてつくっておられるので、やはりうまいなあと思いますが、この中でも気になるのは、

「一杯目の感動が、二杯目も色あせない」
「なんで私が東大に!?」

ですね。

ビールを飲むと、普通は、一杯目がすごい感動ですよね。私も、暑い日に、仕事あがりに飲むビールは、「ビールを発明した人にはノーベル賞をあたえるべきだ」と真剣に思うくらい感動です。

でも、二杯目ってそうではないじゃないですか。普通。その感覚って、日本中のビール愛好家にとって共通の感覚ですよね。そこに、「二杯目も色あせない」というメッセージがストンときますね。とにかく一度飲んでみたくなります。

もうひとつは、「なんで私が東大に!?」
この問いかけ、この一言だけで、(从甲佑猟磴った高校生が成績があがる予備校である、東大への合格者を出している、2燭秘訣やノウハウを持っている。というメッセージを暗に伝えてくれます。

吊革広告はなかなか勉強になりますね。そんなことを今日は考えていました。

どうも夕方に急に雨が降る日が続きますね。

この週末、家族で、車で30分くらいのところにある、ある科学博物館にいってきました。

初めて行ってみたんですが、なかなか楽しい施設で、プラネタリウムあり、映画あり、体験でゴーカートを作らせてくれたりと、なかなか楽しめました。

こういう施設って、最近、厳しい目線にさらされていて、類似施設は、今、自民党の「ムタボ(無駄撲滅)のプロジェクト」のやり玉にあがっていたりします。

官公庁がお金をつけて建物は建てたけど、運営費は大赤字であるため、民営化するべきとか、廃止するべきという議論になっているということです。

確かに、利用者として家族といくと、楽しいことは楽しいのですが、年に何回も行くかといわれると・・・・まあ、年に1回が限度でしょうか。

週末でしたが、入場者が、そこそこはいましたが、決して大入り満員というほどではなく、採算的には厳しいだろうな・・・という気がしてきます。

国によっては、最初から民間法人としてこうした施設が企画され、行政の補助金に寄付金集めが前提となってこういう施設ができあがります。やはりチケット収入だけで採算をとるのが第一優先の検討事項ですが、なかなか簡単ではないことも多くあります。そうしますと、いかに継続的に地域社会から支援が得られるようなものに仕上げるかということがポイントになりますので、事前に相当念入りな検証であったり、地元の参加やのアイデア集めだったりということが必須になります。

これが、行政の予算で基本的に回せるということになると、確かに事前の検証は甘くなるのは否めないんでしょう。

いちユーザーとしては、こういう施設があって子どもたちはとってもハッピーなのでうれしいので、結果としてこういう施設があるのは決して反対ではないんですが、国の主導するこういう施設モノって、やっぱり時代的には終りが来てるんでしょうね。

公益的視点から国が主導するとしても、最初から民間法人として建設して、国の補助金を一定割合に最初から抑えたうえで、事業収入や寄付金などを募って運営するというスタイルにしていくことが求められる時代なんだと思います。

そんなことを考えた週末でした

先日、世田谷でとってもユニークな集まりに講師として参加しました。

10人に満たないくらいの集いだったんですが、世田谷の一軒家の2Fの6畳一間の畳の部屋に集まって、持ち寄ったつまみとビールを囲みます。

「じゃあそれでは始めましょう」という声とともに、テーブルに置かれたいくつかのローソクに火をつけ、電気を消すんです。

ちょっといい感じのキャンドルナイトっぽくなってから、司会者の方の質問に答える形でトークがはじまるという集いです。配布資料一切なしで、トークオンリーで2時間半ほど楽しい時間を過ごさせていただきました。

いやー、不思議な感覚で、ひとつのテーブルでキャンドルを囲んで話をしていると、何か本音で語れる感じになりますね。

こんな雰囲気でファンドレイジング話をやったのは初めてでしたので、とてもいい経験でした。

その中で、「何故、日本の寄付者は、自分の身近にいる子どもたちではなくて、途上国の子供たちを支援しようと思うのか」というテーマで、ある日本の子供たちを支援しているNPOの方が問題提起をされました。

これはなかなか興味深いテーマで、結構いろんな話が盛り上がりましたが、ひとつ面白い視点は、「日本人は、お金だけの支援というのは気がひける。やるなら、時間も労力もつかって、全力で支援しないといけない気持ちになりがち」であるので、「途上国の子供支援なら、そこは「お金だけでいいよね」と割り切りやすい(自分が直接現場まで出かけていけなくても、それほど気がひけない)」というご意見でした。

確かに、日本社会において、慈善行為をする人は、徹底的に聖人君子のように滅私奉公でやらないと、「偽善だよね」といわれちゃうような心理的恐怖感ってある人もいるかもしれません。

日常の生活をしながら、フツーの感覚で支援する。Yahooで「プチボラ」というネーミングでこうした感覚を表現していますが、プチボラでも、お金だけの支援でも、「やらんよりやったほうがええ(島田伸介調)」ということもあります。

また、今や社会の問題は複雑化しているので、プロフェッショナルが解決に尽力しないと問題は解決していかないのも事実です。そういう意味では、「お金だけ」の支援が「偽善である」という発想って、ホントに問題の本質からかけはなれているというという気がします。そういう(お金だけの支援で、プロのNPOスタッフに解決をゆだねる)支援のできる人こそが本当に「慈善行為」の本質がわかっているひとなんじゃないかと思います。

それにしても、ユニークな集まりでした。主催していただいた(株)世田谷社の皆さん、ありがとうございました。

オリンピック、まっさかりですね!

中国のオリンピック選手で国際的にも有名なひとりが、バスケットでNBAでも活躍している姚明選手(NBAロケッツ)ですね。

開会式の入場行進でも旗手を務めていましたが、中国社会の彼に対する期待は相当大きいものがあるようです。

姚明選手について、五輪前の記事で興味深いものを見つけました。彼は、2ヶ月まえに中国社会のネットで大きな批判にさらされていたんですね。

その理由が、「四川大地震への寄付額が少ない」というものだったそうです。
(当初50万元(790万元)を寄付すると表明し、その後、批判を受けて150万元(2350万円程度)を追加寄付しています)

これまで、中国というと、共産主義国家ということもあり、国家主導の政治経済体制ですので、市民社会とか寄付とかといったこととはかけはなれた存在であるようなイメージを持っておられる方も多いと思います。

他方で、最近では、経済成長や富裕層の台頭があり、若干社会に変化が生じつつある中で、四川大地震が発生し、寄付に対する関心も急速に高まったようです。

実際に、中国進出の大手日系企業がかなり迅速に義捐金の拠出を決めたことが中国メディアでも大きく報道され、「中国企業は何をやっているんだ」という声が高まったという側面もあるようです。

中国では、格差が急速に拡大しているということからくる、成功者への厳しい目線が、こうした成功者の寄付行動への監視的や行為として出てきているというのが興味深い現象です。

記事でも、中国的ノーブリスオブリージュとして、「国が投資した機関で教育や訓練を得て成長した人は、国家や人民に還元するべきだという考え方が根強い」として紹介しています。

中国的な独特の「公」の感覚。これからの10年くらいの中で、どのような展開を見せ、それが中国人の寄付行動やNPOの成長にどう関係していくのか。とても興味深いなと思います。



ファンドレイジングフォーラム2008でも、ついに宣言してしまいましたが、
「2020年、寄付10兆円市場達成!」を目標にすることにしました。

「えー、そんなん無理やで」という声が聞こえてきそうです。

そらそうです。今、日本の個人寄付2000億円なんですもん。しかし、これは現実的に達成可能性ある数字だと思っています。

ものすごくざくっとした私のイメージ上の内訳はこうです。

野村総研の推計では2020年の個人の遺産は年間109兆円。この5%が遺産寄付にまわると約5.5兆円。日本人にとって「社会への恩返し」が一般化し、遺産寄付を促進する税制改正と遺言書作成が一般化(今では5%くらいの人しか作成してないですよね)すると、全く不可能という数字でも無いと思っています。
 
富裕層は今、居住用不動産を除いて百万ドル(1億円)以上の資産を有している人が147万人。この中には数千億持っている人もいますので、まあ、ならして2020年の富裕層150万人x2億円と計算すると300兆円。この資産のある層は運用もしっかりやっているので、3%以上の利回りを確保してそうですので、この人たちの資産の1%が寄付にまわしても目減りしない。その1%分で年間3兆円。

あと1兆5千億を企業の社会貢献ビジネスモデルからの寄付、個人の小口寄付、カードなどもポイントからの寄付などで積み上げます。

そうすると、今のNPOで年間1千万円寄付を集めている団体は、50倍の5億円集まる勘定です。そうすると、今よりスタッフを充実させて、専門性も向上して、受益者への支援も充実します。そうすると、あちらこちらで感動体験や幸せ体験がひろがり、日本に「助け合い文化」が帰ってきます。みんな一人ではなく、NPOを媒介に幸せや一体感のひろがる社会です。2020年には、確実に今より日本が幸せな社会になっています。

全てこういうようにシンプルにはいきませんが、こうなるといいですよね。少なくともそういう世の中って、きっと今より幸せな社会な気がします。本気でそう思える人が増えると、きっと実現しますよ。これって。

先日のアエラで、「ママカースト制の終わらぬ地獄」とかいう特集記事が出てました。

夫の年収、子どもの学校、持っているブランド品などで、相手が自分より上か下かを確かめてからつきあうという「ママの世界」の話なんですが、これを「ママカースト」とよんで、最上層の「華麗なる妻族」から、最下層の「きりきりママ」まで12階層に分けて解説している記事です。そのほか、「ちょこキャリマダム(第2階層)」、「バリキャリ母(第5階層)」、「おのぼり母(第10階層)」など、まあ、いろいろ考えてネーミングしていました。

ポイントは、『少しでも上の階層に行きたい』というママ心理の側面と、『間違って上過ぎる階層の人と付き合うと劣等感を感じる』という防衛本能が働くというような記事です。

うーん、こういうのがストレスになる人も多いという記事で、考えさせられたんですが、やはり現実的にはこういうことってあるんだろうなと思います。

30代から40代のママをターゲットとしたファンドレイジングの場合、こうしたママ心理にどう戦略をマッチングさせるといいのかな・・・ということを考えてしまいました。

単純に考えると、寄付行動が、ママカーストの上層階級の一般的行動になることで、上昇志向ママをどうつかむかという側面があります。また、チャリティバザーなどを一定のコミュニティの中で行うときに、やはり、ママカーストの上の人が中心で企画すると、自然といい品が集まるということがあるのかもしれません。

まあ、そんなことを考えつつ、でも、寄付行動やボランティアがもっと一般化した社会って、そんな夫の職業・収入や、ブランド品の価値で階層ができない社会なんだという気もしますね。

そういう社会でママさんにストレスフリーになってもらえるのが、「寄付10兆円時代」なのかもしれません。

このページのトップヘ