ファンドレイジング道場

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カテゴリ: 寄付文化について考える

福沢諭吉っているじゃないですか?

学問のススメで有名な。

あの方、もうひとつスゴイ本書いてはるんですよね

「文明論の概略」という本。

この中で、福沢諭吉さん、私徳、公徳、私智、公智ということをおっしゃってます。

簡単に言うと

私徳・・・自分で律儀でいようとか、謙虚でいようとかという徳

公徳・・・勇敢であるとか、公平であるとか、外部との交わりの中での徳

私智・・・何か自分で極める智、スキルを高めたり、仕事に通じる知識を得たり

公智・・・社会全体の能力としての智。システムとかメカニズムとかが変わっていくものとしての智

ということなんですが、この中で、徳よりも智が大事で、私より公が大事だと。

慶応大学もこの「公智」を生みだす人材を育てる機能として立ち上げたということですね。

しかし、当時も社会にはほとんど理解されなかったと。

そこには、「社会」という概念が日本で育っていなかったことがあるのではないかという見方があります。

つまり、明治維新を経て、日本社会は、「国」という概念を急速に育てたわけですが、その対極として「私」があり、その中間点にある「社会」という概念が育ってこなかった。「私」には、家族とか職場とか、学校とかの単位もはいります。

そのため、「国」といいながらも、実質は、役所単位の「私」ごとの「公」が言われるようになってしまうということです。

結局、明治初期の福沢諭吉さんの目指した世界観である、「公智」が社会で尊ばれ、それが進むように社会が努力する状態は、130年たっても実現していない。

一人ひとりはしっかりした人がいても、企業単位ではいい仕事ができていても、社会メカニズムを創るという段階になると、なかなかうまくいかない。兵隊は強いのに戦略が弱い。現場は強くても経営が弱いのも同じ理屈です。

福沢さんがみたら、結構がっかりするかも。

では、国際的にこの「公智」はどうやったら生まれるのか。

この「公智」は国家を超えているし、ここの企業や組織を超えていかないと生まれないものです。例えば環境という社会的課題の公智は、日本という国家だけの課題ではないし、障害者福祉も国家も企業も超えた枠組みで公智を生みださないといけない。

実は、原子力発電の問題にしても、「公智」として社会メカニズムをどうするかという議論を国という単位と企業という単位だけで思考することの限界を示しているともいえます。

そこで、世界共通の概念は、それを国でも企業でもない第三軸を育てることで、「公智」を生みだすメカニズムを社会化してきたわけです。だから、社会は発展する。進化する。

日本は、個人や企業などの現場単位では、素晴らしい「私智」があるのに、社会メカニズムというレベルになるととたんに国際的に負けたりしてしまうのは、この「公智」を生みだす仕組みが弱すぎるからなんだと思います。

これを生みだす仕組み、これは民間非営利セクターでありつづけた。

それを支えるのが、行政補助金では、やはり、「公智」が生まれにくい。どうしても「省庁」という「特定の利害のある私」にからめられてしまうので。

だからこそ、寄付という、民から民を支える仕組みが、日本という「社会」を生みだすのに必要なのだと思います。

福沢諭吉が思った夢を、130年を経て、2020年、日本社会に実現したい。

公智がどんどん生まれる社会。
それが人々の幸せであり、日本の経済の発展であり、国際社会への価値の提供を生みだす社会。

これが2020年、寄付10兆円時代の目指す日本社会です。

大阪は江戸時代に入って、江戸へ行政の中心が移る中で、武士が1割に満たなくなり、かなり自由な商人中心の社会になっていきます。このブログでも紹介しましたが、その中で、多くの橋が商人自身によって建設されるといったことが起こります。

このムーブメント、「一建立(いっこんりゅう)」というのですが、大阪商人の中に、寄付して橋をつくったり建物を建てたりすることがカッコイイという気風が広がります。

こうした取組をする人が、「有徳人」と呼ばれていたようです。

その流れを受けて1717年に合翠堂、1724年に懐徳堂という学校が有力町人の手で設立されます。

これって、当時はまだ学校というのは幕府や藩が作るものが中心であった中、商学と儒教を体系的に学べる専門学校として非常に強い目的意識を持って設立されている(いわばエリート校)のが、通常の寺子屋とは違うところかもしれません。

いわば、ハーバードビジネススクールですね。
ちなみに、ハーバードは1636年に設立されています。メイフラワー号が到着してたった16年後のことです。それだけ、「リーダーの育成」が重要だという意識が移民たちの間にあったのだと思います。

日本でも、1700年代前半には、こうしたリーダー養成校が自然と出てきていることが興味深いところです。

この「日本版ハーバード」は、創立興成員(いわば正会員)と助力生員(賛助会員)という有力町人の支援者による寄付で運営されていました。

実に、江戸時代、155年もこの学校は運営されてきたのです。

この学校、スゴイのは、伝統的な相互扶助だけじゃなくて、地域の貧困層へのフィランソロピー活動を授業で教えていたこと。しかも、実際に基金を創って、天災や飢饉のときに貧困者救済ができるように寄付を集めていたということにあります。

ものすごく現代的で、社会メカニズムに対して具体的アプローチをする、世界的にも優れたリーダー養成校だったんですよね。

それじゃあ、この、「日本版ハーバードはどうなったの?」
と思いますよね。

明治5年の学区改正で廃止されちゃうんですね。

行政が中央集権で統一的な教育をすることになって、
これだけ積み重ねのある、民が民を支える仕組みを、中央で接収しちゃうんですよね。

重ねがさねおしい。

もし、この伝統が続いていたら、日本の教育システムも寄付の文化も変わってたかもなあ。

日本の寄付の歴史を振り返ると、いろいろと素敵な人たちが出てきます。

たしかに、欧米とは全く違った発展経緯をたどっている日本のフィランソロピーですが、深く考えていくと面白いなあと感じています。

日本のこれからの社会的発展の本質に、やはり寄付というものをどう位置付けるかということが横たわっている。

つまり、これって、日本社会そのものの発展モデルへのパラダイムシフトなんだと思います。

さてさて、まずは「歴史に学ぶ」ということでみてみますと、

室町時代、「京の三大長者」といわれる豪商が行った社会貢献活動があります。
日本社会でも商人が少しづつ資本蓄積に成功しはじめ、港湾整備や学問振興、芸術保護などに役割を果たし始めます。それも、やはり京都を中心とした近畿エリアが中心であったようです。

その中でも角倉素庵は、イタリア・ルネッサンスの保護者として名高い、メディチ家のロレンツォにも匹敵するメセナ活動家であったという評価があります(伊木1993)

室町時代というと、1300年から1600年くらいの間です。そのころにもこうした動きがあったのに、どうしてそれが健全に発展していかなかったのか。(実はある程度まで発展していくのですが、明治時代にやはり流れが変わっている)

興味深いところです。



よく、言われますが、「寄付」と「寄附」ってどっちがどっちなんだろうって、どう思います?

インターネット上で検索しても、いろんな意見が出ていますが、
要約すると、

法律用語としては「寄附」というのが用いられるということから、「寄附」が正式で、「寄付」が簡素化したものという意見が良く見られますね。

実際には確かに新聞などでは「寄付」が用いられています。

これ、いろいろと調べてみたのですが、

文字の成り立ちとしては、「附」と「付」ってずいぶん意味合いが違うみたいですね。

楽天の「みんなで解決」http://qanda.rakuten.ne.jp/qa1064654.html
に出ているのを中国語の漢字からの流れを抜粋して見ると、


「付」の文字の成り立ち:

2000年ほど前には現在の字形に近いものが成立。しばらくして楷書体制定のときに完璧に"付"の字形となる。

楷書体になるまでの意味:人偏は人を、寸は人の手を表します。よって、"物を持って人に与えることが出来る"の意味になります。

付に完成されてからの意味:"寄託する、与える、人に向かって物を持つ"の意味で、つまり、"交付する、手渡しする、任せる"の類の意味です。

例えば、付与(渡す、与える、給与する の意)。


「附」の文字の成り立ち:

2000年前には原型が存在。楷書体になってから"附"の字形が確立。コザト偏は、もともとは"阜"から変遷したものです。"阜"の本来の意味は"丘、土の山、多い"の意味。

楷書体になってからの意味:"小さな土の山、附属する、傍らに寄り添う、〜に頼る、模倣する"の意。

附帯(付随する、付帯する)。
附記(手紙などの追伸)。
附属(付属する、帰属する)。


なるほどねえ。

何となく感じるのは、昔は、寄付とか寄進って政府だったり、大きな寺院だったりにするのが多かったじゃないですか。そうすると感覚としては、「大いなるもの」に附属させるようなイメージで「寄附」がいわれていたと。

今の時代のNPOなんかへの寄付って、どっちかというと、もっと対等で手渡しする、与えるという感覚の寄付ですよね。何かに大きなものに附属させるようなものというよりは。

そうすると、今の時代のキフは、「寄付」がイメージにあうのかなあと思ったりします。



こないだ、メルマガなどでも、

「寄付」って、「喜捨」と違って、「寄って、付く」というところに、今日的な新しさがあるということを言いました。

今日、日本ファンドレイジング協会の事務局次長の徳永さんと話していて、もう1個進化させることができました。

「寄って、付き添う」

というのが寄付なんだろうなと。

「寄り添って、付き添う」だと、最初から寄付先についてすごくコミットしなければいけない感じがありますが、

寄付にしても、ボランティアにしても、まずは支援先との「接点」として寄付やボランティアがあったりします。つまり、「寄る」のが、「寄り添う」前ですよね。


そのうえで、その活動に「付き添う」成長や壁にあたるところを、一緒に長く支えていくことが、「寄付」の本当の意味なんじゃないかと思います。



アジアでの大口寄付者ってどんな人がいるかなと思いますと、

やはり、この人、ジャッキーチェンですね。

彼は個人資産が260億円くらいあるそうなのですが、今のうちから、その全額を自分の子どもたちにではなく、寄付すると宣言しています。

彼は、これまでに「自分の死後に財産は残さない」と宣言し、長男で俳優のジェイシー・チャン(房祖名) にさえ遺産を渡さないことを語っています。

ジャッキー曰く、ジェイシーは自分で稼げる力をすでに持っており、父親の資産を浪費する タイプの息子ではないとのことで、

「今後は苦労を重ね、それを乗り越えてほしい。挫折することが彼の仕事にとっても大きなプラスになる」

と、厳しい父親の愛情を語っていたそうです。


なるほどなあ・・・「子孫に美田を残さず」といったのは西郷隆盛ですが、さすがジャッキーですねえ。

確かに、寄付を躊躇する人の中に、「寄付したら、かえって受益者側が依存してしまうのではないか」といういい方をされる方がいます。

それとひょっとすると同じことが子どもに言えるかもしれませんね。

巨額の相続をしてしまうと、却って子どもの自立心を削いでしまうということをジャッキーは言いたかったのでしょう。

日本にも、そろそろこういうコミットメントが出てくる「空気感」はあります。誰が先頭を切って歴史に名を残すのか・・・・楽しみです。



昨年の11月ですが、中国の大連の大手不動産ディベロッパー、大連万達集団の王健林董事長が、南京の金陵大報恩寺の再建費用として、中華慈善総会に10億元(約120億円)を寄付したことが明らかとなりました。


中国においても、120億円は、一度の個人の寄付としては中国歴代最高額となるそうです。

王董事長はこれまで、累計で約27億元を慈善団体に寄付してきているそうですが、個人資産が280億元(3360億円)あるということですから、総資産の10%くらいは寄付しているということになります。

日本で、このクラスというと、ソフトバンクの孫さんの100億円+生涯の役員報酬であったり、任天堂の会長が京都大学に70億円寄付したりといったあたりでしょうか。

今のところ、富裕層のトップドナーでは中国には負けているということか・・・・

渋沢栄一さん、実業界で、知らない人がいないほど、有名な実業家ですが、彼って、社会貢献というか、寄付にもものすごく頑張った人なんですよね。
関東大震災後の寄付集めにも奔走したりしています。


(以下、Wikipediaから引用)

渋沢は実業界の中でも最も社会活動に熱心で、東京市からの要請で養育院の院長を務めたほか、東京慈恵会、日本赤十字社、癩予防協会の設立などに携わり財団法人聖路加国際病院初代理事長、財団法人滝乃川学園初代理事長、YMCA環太平洋連絡会議の日本側議長などもした。

〈b〉関東大震災後の復興のためには、大震災善後会副会長となり寄付金集めなどに奔走した。〈/b〉

当時は商人に高等教育はいらないという考え方が支配的だったが、商業教育にも力を入れ商法講習所(現一橋大学)・大倉商業学校(現東京経済大学)の設立に協力したほか、二松學舍(現二松學舍大学)の第3代舎長に就任した。

学校法人国士舘(創立者・柴田徳次郎)の設立・経営に携わり、井上馨に乞われ同志社大学(創立者・新島襄)への寄付金の取り纏めに関わった。

1931年には中国で起こった水害のために、中華民国水災同情会会長を務め義援金を募るなどし、民間外交の先駆者としての側面もある。
なお渋沢は1926年と1927年のノーベル平和賞の候補にもなっている。

(引用終わり)

本当の超一流の経済人は、やはり、寄付でもリードしている。

「いや、うちは、寄付じゃなくて、本業を通じて社会貢献します」という経営者も結構いらっしゃいます。それも大事ではあるのですが、やはり、超一流は、寄付という、民間から民間へのお金の流れが持つ、社会変革性を知っている。そう思います。

何か良いことをすれば、隠された利己的な動機があるはずだと人に責められるだろう。それでもなお、良いことをしなさい。By ケント・M・キース」



今回の震災への寄付で、ネットやメディアで著名人の大口の寄付が出るときに、「売名行為なのか」「偽善じゃないのか」という声が出たりします。

この議論についても、今回の震災でずいぶんと様子が変わってきたなという印象があります。

結論的にいうと、

「売名でも、偽善でも、やらないより、やるほうがいい」

という意見がすごく多いなという印象です。

私も、そう思いますし、このところが、また少し社会の変化が生まれてきたかなと思います。

いろんな意見を見ていると

「メディアに大口寄付者として出ているような著名人は、もう売名行為、する必要がないくらい名前が売れているじゃない。だから、「米名行為」というレッテル貼りはもうやめるべき」

「著名人でないと、寄付を集めたり、チャリティ―コンサートもできない。その力を最大限活かして支援を集めて欲しい」

というような意見って結構ある。

結果として、支援者への支援は集まるのは事実ですし、今回の被災状況をみると、いくら支援があっても、ありすぎることはないともいえます。

この議論、阪神淡路大震災のときにも、多くのボランティアが出て、「ボランティアなんて所詮、偽善だ」という意見もたくさんありましたが、その後、どんどん日本社会に定着していきました。

何事も、やる人のほうが、時代の主流になっていくということなのかもしれません。

ただ、「大口寄付ばかりに注目が集まって、頑張ってこづかいから5000円を寄付した子どもより、その人の方がスゴイみたいに言われるのはどうか」というようなご意見もあります。

寄付は、大きい金額だろうと、少ない金額だろうと、大切な行為です。こうしたひとつひとつのストーリーを是非、メディアも取り上げてほしいし、私たちも拾っていきたいと思います。

しかし、影響力のある個人が行動することで、社会的インパクトが生まれていくのも事実ですよね。このバランスですね。




堺の代表的な人物として、千利休という茶人がいます。

秀吉に登用され、寵愛されながら、途中からだんだんと関係がおかしくなり、最後は切腹を命じられてしまいます。

その、決定的なきっかけとなったのが、千利休の京都大徳寺への寄付だったんです。

京都大徳寺の修復のために、千利休は、個人的に寄付をします。

そのこと自体は、誰からも非難を浴びる話ではなかったのですが、お寺側が、感謝の意を表そうとして、千利休の木像を、お寺の入り口の山門の上に飾ったんですね。

ただ、よくなかったのは、この山門、秀吉がお寺に訪問するときにもくぐる門だったために、「秀吉を見下ろしている」というご注進が入ることになってしまいます。

おそらく、そういうつもりは千利休には全くなかったのだと思いますが、それまでの千利休の言動に、フラストレーションをためていた秀吉は、ついに堪忍袋の緒が切れたみたいになるという流れです。

寄付への感謝の仕方も、一歩間違えると大変なことになるというエピソードですね。

江戸といえば八百八町。

大阪といえば八百八橋といわれます。

実際には、江戸時代、200前後の橋が大阪の三郷にはあったようですが、大阪といえば、川と橋のイメージだったんですね。

そうした中で、この橋を誰が創ったのかというお話があります。

大阪城近くの12の橋は当時の徳川幕府が直接お金を出して建築した「公儀橋」といわれるものですが、それ以外は、有力商人や町がお金を出し合って作ったんですよね。

こうした橋を、当時は、[町橋」といっていたそうです。

こうした「町橋」がすごく多いのが、大阪の特徴です。

堺の町というと、古来商人の町ですよね。

しかも、いつの時代も、時の政権から一歩距離を置いているというか、そうした自立心的なところのある町です。

この堺の町、寄付についてもいろんなエピソードがあります。

まずは、豊臣秀吉が大阪城を建設するとき。


この時、秀吉は、堺の町の商人たちに、大阪城建設への「寄付」を求めます。

政府の立場(しかも絶対君主)なのに、徴税ではなくて、「寄付」を求めるということが興味深いですが、そこは、堺の商店主たちは、しかたありませんから、寄付として協力します。

秀吉も、さすがに巨額の寄付を要求したからなんでしょうが、大阪城が完成したのちに、堺の商店主たちを招いて、感謝の宴を開いたといわれています。

秀吉のやったDonor Stewardship(寄付者への感謝)ですね。

ちなみに、

明治維新以降、いったん焼け落ちていた大阪城の天守閣を、昭和になってシンボル的存在に復興したいという声があがり、1928(昭和3)年、当時の市長が復興を決めます。そうすると、なんと市民から現在の価値で600億円ほどの、膨大な寄付が集まり、1931(昭和6)年に鉄筋コンクリート造りで完成しました。

大阪城、出来あがる時も、修復も寄付だなんて、さすが関西人のシンボルですねえ。

日本の寄付の歴史を見てみると、やはり、仏教系の寄付が主流となります。ただ、このこと自体は世界的にみてもそうなので、それほど驚くことではないと思います。

12世紀くらいには、かなり盛んになるのですが、これをよく聞く、「勧進(かんじん)」という言葉で知られているものですね。

最初のことは、勧進聖(かんじんひじり)・勧進僧(かんじんそう)・勧進上人(かんじんしょうにん)といった人たちが、全国に説法してまわりつつ、「勧進」を受け入れ、そのうちの必要経費を除いたものを「寄付」として寺院の修繕や建設に活かしたということになります。


よく聞く、「勧進帳」は、この募金集め趣意書のことですね。巻物に趣旨や使い道を書いて読み上げるためのものです。

この勧進で集めた寄付は、当時、本来であれば朝廷などが実施する橋の修繕や維持管理といった公共事業にも活かしていたようです。

しかし、朝廷が、じゃあということで、公共事業を担ってもらう見返りに、荘園などを勧進に無償貸与するようになり、その収益で公共事業を担ってもらうことを始めます。

そうすると、汚職やら腐敗やらがおきたり、勧進ポストが利権化して、抗争が起きたりしたということも言われています。

うーん。何時の時代も行政からの支援がいきすぎると、ややこしいことになりますな

気になる記事が出てましたね。

[ニューヨーク 15日 ロイター] ロイターと調査会社イプソスが実施した調査で、金融危機後に人々の将来への見通しは明るくなってきたものの、依然大半の人が不安を抱いていることが明らかになった。

 23カ国の約2万4000人を対象にした同調査によると、将来に自信を感じているとしたのは回答者の44%で、2008年後半時点の42%からやや改善した。一方、不安に思っていると答えた人は56%だった。

 インドや中国、オーストラリア、カナダ、オランダでは自信があると答えた人が61─79%と高かったのに対し、日本はわずか14%で23カ国中最低だった。

 また、自国の経済については、インド、オーストラリア、中国、ブラジル、カナダ、スウェーデンの順番で「良い」の割合が高かったのに対し、米国、英国、フランス、スペイン、日本、ハンガリーは低い水準となっている。


そうか・・・やっぱり、日本は顕著に自信をなくしている。

こんだけ、不安で自信がない時代って、日本って経験したことがあるんだろうか。

どうして、日本だけ、こんなに自信がないんだろう。

ちょっと「集団不安」状態みたいな気もします。

これを転換させないと、ますます元気のない社会になっちゃいますね。




日本の子どもの教育に必要なことってなんだろう・・・て、思うんですよ。

自分の子どもも小学校5年生と2年生になるんですけど、学校の話とか、これから中学どうしようかなとか、いろいろ話したりする中で、「子供の教育」に必要なことって何かなと。

勉強。知識って必要ですよね。
あんまり詰め込みすぎて、覚えきらんほどはいらないけど、やっぱり基礎知識は必要。

思考力。必要ですよね。
数学とか、国語とかってそういうとこありますよね。ただ、社会は正解あることばかりじゃないから、単に正解を導きだすだけでない、「問題解決力」というか、「仮説立案→情報収集→解決案提案」といtった「思考プロセス検証」のような授業ってあるのかな。そこは良くわからないですね。

コミュニケーション力。社会性というか。必要ですね。
自分の考えを論理的に、あるいは、意識的に情緒的に表現する力。他者から信頼されるための社会性。大事ですよね。これってリーダーシップ力にもつながる。

もうひとつ、やっぱり大事だなと思うのは、「モチベーションの自己発電力」。
これってスゴク重要な気がします。
よーしやるぞ!っていう内面から沸き起こるような力が、自然とわき起こるような子どもを育てていく。これって大変だけど、教育で重要なこと。

今、「寄付の教室」というプログラムをモデル的に公立中学校、高校でスタートしました。

いくつかのステップでパターンがあるのですが、一番基本的なものでいいますと、

3つの実在する団体の紹介をビデオと活動紹介ペーパーで見て(場合によっては地域のNPOの方が5分プレゼンして)、まず、自分がおもちゃのおカネを持って、自分だったらどこに寄付するかを考えます。

次に、6人一組くらいのグループで、グループとして、どこに寄付するかを考えます。

最後にグループ毎に、その結果を発表しあい、気づきを共有します。

これだけのシンプルな授業ですが、これがなかなか好評です。特に、子どもたちから。

なんでだろう・・・・

私、子どもたちの授業を受けた後の感想文を読んでも思うんですが、

これって、「寄付の仕方」を学ぶ教室じゃないと思っています。

むしろ

「自分が社会のためにかけがえのない存在であることに気づく」
「自分でも、何か社会に変化をもたらすことができることに気づく」
「いろんな価値観があって、何かが正解なのではなく、その多様性の中で、一人ひとりが、自らが社会のために益になると考え、行動することが大切なんだと分かる」

ということなんだと思っています。

こういうのって「フィランソロピー教育」といったりします。ボランティアを体験したり、社会の課題を学んだり。

その中で、「自分が選ぶ」っていうことがとても大切だと思うんですね。

いくらボランティア体験をしても、学校が決めたところにいくだけだと、効果は半分な気がします。「自分で選ぶ」ことで、自分が社会の問題解決ということについて「思考するプロセス」を体験することが大事。

もうひとつは、「20円で一人の子どもにワクチンがわたり、命が救われるかもしれない」と知ることは、いくら今はクラスで人気がなくても、いじめられていても、勉強の意味を見出せなくても、どこかで真面目にやっていれば、誰かの命を自分が選ぶからこそ、それによって起こりうる変化、おこしうる変化に、モチベーションを感じるのだと思います。

思考のプロセス、そして学ぶ・生きるモチベーションを感じること。

最近では、「将来の夢は?」に「正社員」という冗談もあるくらい、子どもがモチベーションを感じにくい社会です。

途上国にボランティアで一生をささげるのは、カッコいいかと思っても、そこまでは踏み切れないと思う子どもたちにとって、「寄付」という参加の仕方で社会を変えることを応援できるかもしれないということは、かなりモチベーションアップになるのではないかと感じます。

スリランカに出張に来ています。

スリランカって長年内戦があった社会です。最近、一応終結して、なんとか平和な社会になった。

でも、この社会、政府とNGOとの関係って必ずしも良くないんですよね。

政府は、国内NGOが、反政府組織のレジスタンス活動に同情的であったという見方をしていることもあって、NGO=反政府組織的な見方をする人が結構いる。

そういう中で、大手老舗は、普通のNGOから見ると、政府とうまくやっていて、「あいつら、政府の手先だ」というような見方もあったりする。

なかなか微妙なところです。

アジアの国って、それぞれで、かつて私が働いていたインドネシアでもこんなことがありました。


私が赴任した1999年って、32年間(!)も続いたスハルト政権が退陣した直後で、32年ぶりの自由な総選挙があったりして、混乱と活気にあふれた年でした。

しかし、「社会のNGOに対する見方」というのは、なかなか簡単には変わらない。

スハルト大統領時代には自由なNGO活動は抑制されていたので、大手NGOというと、スハルト・ファミリーの息がかかった、マネーロンダリング機関みたいに思われていたり。

逆に、草の根的なNGOは打倒スハルト政権でデモをやったり暴動したりする過激なNGOというイメージついたり。

どっちにしても、一般市民の生活に役立つ感じがしないのか、「NGOってなんだかイマイチな感じ」というのが、私が赴任したときの若い子たちや普通の社会の人の反応だった気がします。

その後、いろんな変遷を経て、インドネシアのNGOの社会認知はどんどん変わっていくのですが、一言でNGOといっても、社会が実体験として持っている印象が、相当影響するんだなと感じたところはあります。

欧米社会から来る人の中には、ある意味、長年の蓄積の中で、「NGOって当然こういうもんだし、社会もそう認識するのは、あたりまえでしょ」というような前提認識を持ってくる方もいます。

しかし、アジアを見ていると、本当に各国の状況が違う。いわば「社会が共有する歴史体験」のようなものが、NGOという存在の意味を形作っていて、いくら論理的・理念的な議論をしても、なかなか変わらないというところがあります。

NGO側は、では、この状況にどう対応することが求められるのでしょうか?

私は、「社会から自分たちの活動への支援を求める」という一点に尽きると思います。

ファンドレイジングするということです。

インドネシアでは、スハルト退陣後、欧米の援助機関が大量のマネーを新しく生まれたインドネシアの現地NGOに流しました。政府が汚職にまみれて信用できなかったので、仕方なかった側面もありますが、その結果、1年で3000以上のNGOが生まれ、新卒で企業に就職するよりNGOに就職したほうが7倍給料がもらえるといった、「NGOバブル」が生じたわけです。

しかし、そのことは、短期的には、地域社会から、インドネシアの現地NGOが乖離してしまうという現象を生みました。結局、インドネシアの人たちに活動を理解してもらうより、プロポーザル1枚書いた方が早いよねということになった。

その結果、インドネシアNGOは一時期、「国際機関の下請け」「CIAの手先」「No Action Talk Only(NATO)」といった批判を数多く受け、ますます「イケてないよね」と言われる時期を迎えます。

そうした中、良識的かつ先駆的なNGOリーダーたちは、自分たちが自分たちの信じるミッションを達成するために社会としっかりコミュニケーションし、自己財源を得ていくことの重要性を発信しはじめます。ターニングポイントは、2001年のバリでのリソース・アライアンス主催の国際会議でした。

多くのNGOが社会を巻き込むことで、社会から信頼を得て、いつしか「頼りになるのはNGOだよね」となる。それは、政治家の大物を巻き込むとか、企業のトップがどうとかということではなく、社会の「空気」を醸成していく作業なんだと思います。





今、読んでいて、面白い本があります。

「知の衰退」からいかに脱出するか (大前研一著 光文社)

という本で、日本人は個人としての「知」はともかく、「集団知」になると極端に弱くなることや、日本社会の「人を育てる」システムが、いかに時代遅れになってしまっているか、いまや中国や韓国、インドにいかに学ぶべき点があるかについて、非常に分かりやすくまとめています。

いつも、こういう本って、「ふーん」と思いながら読んだりするんですが、この本は、結構、今、私自身が問題認識として感じているところにドンピシャリとくるところがありました。


日本社会が、どんどん「低IQ社会」になってきていて、普通にすごしていると、どんどんとこの低IQ社会にそまってしまう。自分で考えず、リスクをとらず、それが社会全体としてのリスクにつながることを誰も恐れない。国家としてのIQが下がっている。

結果として、競争力を失い、仕事を失い、活力を社会が失っていっても、みんな気づかない。あるいは、自分たちが集団として「低IQ社会」になっていることの理由が分からないので、出口が見えない。中国や韓国、インドの成長が、「いつか日本が来た道をなぞっているんだ」と見誤ってしまう。

中国の歴史上例を見ない徹底的な地方分権化が経済のダイナミズムを生み、外資を呼び込んでいることを知らず、韓国のエリート大学は英語で授業をし、国連トップやグローバル企業のアジア部長の輩出をめざしていることや、サムスン電子が若手社員を1年間、海外武者修行に出して現地化を進めている話をしらない。

「考えない」日本社会への警鐘として面白い本です。

そうした中で、興味深い数字があります。

日本人1人が死亡する際に抱えている総資産は平均3500万円であると。

先進諸国と比較しても、あり得ない水準であると。

そうしたおカネが、廻らない。

高齢者は、とにかく老後が不安だという。大前氏は、この「不安」を分解して、整理することで、不安は減ると力説する。

この平均3500万円という数字は、大きな数字だと思います。

「21世紀の教養とは?」

さらに、これから、個人として、世界で伍していくビジネスリーダーの条件として、大前氏は、「教養」について面白い分析をしています。

「教養」を持っていることは、世界でビジネスをして、信頼されていくためには、とても重要な要素であると。それは、単に哲学をしっているとか知識があるといったことではなく、実は、かつてのビジネスシーンでは、ずばり、[文学」と「音楽(クラッシック)」であったというのが大前氏の見方。

これが身についていると、ビジネスをするうえで、パスポートや紹介状の役割を果たしたことが何度もあるといいます。

しかし、最近、ビジネスのエグゼクティブたちが変わってきたと言います。

こうした伝統的な「教養」を持っていない人たちが出てきた。もう文学と音楽では通用しなくなってきた。

では、21世紀の新しい「教養」はというと・・・・

ずばり、

「あなたは、近年の環境問題とその対策について、どう思うか」
「アフリカのエイズの人たちのために、あなたは最近何をしたか?」

という「地球市民として、具体的にどのように考え、どのようなアクションを起こしているか」という、「知識」「見識」そして「経験」が問われるようになってきているというのだ。


これは、全く新しい状況で、グローバル化が、人々の意識、そして優先順位を変えたと大前氏は語る。

氏はこれを「21世紀の教養」として、日本のビジネスマンが身につけなければ、再び、「教養のない人」として国際社会で評価されないと警鐘をならす。

時代は変わりつつある。

「寄付なんて興味ないよ」
「会社はビジネスで利益をあげて、税金を納めるのが最大の社会貢献」

その言葉が、グローバルには意味を持たなくなりつつある。

でも、日本の企業やビジネスマン、そして行政は、そのグローバルな「ゲームのルールの変化」に気づかない。

ファンドレイジングをすることは、ひょっとすると、日本のビジネスエリートに、世界で通用する「教養」をもってもらうきっかけを提供していることになるかもしれない。

そのことが、日本の国際競争力や、日本のビジネスエリートへの評価を取り戻すきっかけになるかもしれない。

大前氏の議論を読んでいて、「ファンドレイジングは、社会を変える」ということを改めて確信した次第です。

堺屋太一さん、大前研一さん

2人の共通するのは、日本の未来を見据えて経済、社会、行政がどう変革していくかを一生懸命提言する人たち。

そして、2人に共通するのは、今、寄付や社会貢献が、日本を次のステージにもたらす、ブレイクスルーポイントのひとつになっていると感じているということ。

2020年、寄付10兆円時代の実現は、NPOのためだけではなく、受益者のためだけではなく、企業にとっても重要なことなのです。













今年の年頭。もちろん原稿を書いたのは、昨年のうちでしょうから、タイガーマスク運動に左右されたわけでもないし、まあ、もともとそんな視点では書いていないでしょう。

経済評論家の堺屋太一氏が、新年早々の週刊朝日の巻頭に書いた7ページにわたる論文、ごらんになりました?

「世界を日本が再びリードするための条件」と題された文章で、バブル以降、経済も社会も元気がなくなってしまった日本社会が、次に何を目指すと再び世界をリードできるのかという視点で包括的な処方箋を書こうとチャレンジしています。

何の気なしに売店でこのタイトルが大きく載った表紙をみて、「そうか、・・日本が世界をリードするか・・やっぱりシニアの寄付が進む社会がブレークスルーになると思うんだけどな・・・」と思って買ってみたんです。

そしたら・・・

ホントにそう書いてあった!

堺屋太一さんいわく、「日本が再び世界をリードするためには、「好老社会」を実現しないといけない」。シニアが尊敬され、シニアが安心してくらせて、それでシニアも消費や支出をするようになる社会です。そのためには「シニアが寄付をしやすくする税制を整えないといけない」と。

日本の高齢化のスピードは、世界的にも例がない。

また、シニアがこれだけの金融資産(ある推計では60歳以上の金融資産(土地などの不動産を除く資産)は890兆円に至ります)を持っている社会もない。

他方で、どうも日本社会は若い人が優先されて、シニアはいつも「老後が不安」と漠然と思っている。

ここに動きを起こすことで、社会全体の循環が良くなり、かつ、日本型の「好老社会モデル」が、世界の高齢者ビジネスに広がりを見せるという文脈です。

そこで、いろんなシニア向けサービスをこの数年来、いろんな企業が考えるんですが、なかなか高齢者の消費行動はすすまない。やっぱり、不安なんですよね。

80歳になって8000万資産があっても、やっぱり、「不安」。だからためておく。おカネがないと孫も遊びに来ない。そんな社会。

堺屋さんは、シニアが寄付しやすくする環境を整えることで、地域社会に寄付という形で還元するお年寄りが増えることで、地域で尊敬され、誉となるお年寄りが出てくることが大事だと説きます。

子どもたち、孫たちの世代が、「おじいちゃん(おばあちゃん)カッコイイ!」と思うような生き方を「寄付」という形で実現することで、地域社会に受け入れられ、尊敬されるお年寄りが多く生まれる。

そうすると、お年寄りは、受け入れられている、つながっているという「安心感」から消費行動にも出やすくなるということだと思います。

確かに、アメリカ社会で、高齢者が地域のNPOに寄付すると、若いボランティアや、他の寄付者や、そのNPOの人たちとの交流がとても増えて、単なる自分の子どもたちという枠を超えて、友人や知人が広がる。風邪をひいたら、そうした仲間が心配して電話をかけてきたりする。

そうした「かっこいい」お年寄りって、やっぱり活き活きしている。
もう独立して、振り向いてもくれない自分の子どもたちだけを見るのではなく、たまにくる孫だけを待つのではなく、地域のNPOへの寄付を通じてもっと多くの「子供たち」に感謝され、尊敬される関係になる。

やっぱり、尊敬される行動をすることが、一番の「安全保障」だったりするんですよね。

「寄付って施しでしょ」

という時代がそろそろ終わろうとしています。

「寄付して、自分も幸せになる」

それが当たり前になる時代。

もう少しで扉が開きそうです。

経済界の成長をずっと支え、引っ張ってきた堺屋太一さんの言葉だけに、とても勇気づけられますね。



さあ、寄付税制改正も最終段階。

まずは、明日、2月15日(火)17:00〜の衆議院議員会館でのイベント、みなさん忘れずに。
http://www.npoweb.jp/modules/eguide/event.php?eid=203
(詳細はこちら!)

今回の寄付税制改正案。

先日のワールドビジネスサテライトでも紹介してもらいました。
私も登場しますが、何よりうれしかったのは、「日本版プランドギビング信託」を
日本で初めて全国放送で説明してくれたこと。涙でた。

説明は、ちょっと足りませんが、全然OK! ありがたい限りです

http://www.tv-tokyo.co.jp/wbs/highlight/post_1084.html


12月の税制改正大綱で採択された(国会で自公が反対したらつぶれますが・・)
内容でいうと、実現すると・・・

寄付控除が税額控除で50%になること(これ自体、国際的にみても素晴らしい)

認定NPO法人が、ものすごく取りやすくなること(「仮認定」という制度ができる)

日本版プランドギビング信託が実現すること(奇跡的です)

なんかがあります。

私、特に注目しているのは、

今回の改正案って、「制度」x「メカニズム」の改正になっていること。

「制度」って、50%の税額控除や認定要件の緩和なんかがそうです。

「メカニズム」って?


思うんですが、寄付税制が変わっても、誰かが、一般市民にそのことをしっかりと
伝えて、支援を求めて、あるいは、寄付先を紹介してということがないと、

「メカニズム」として広がりを見せない恐れがある。

実際、今日現在、一般市民のどのくらいが寄付控除の拡充の可能性を理解しているかというと
大変心もとない。

しかし、今回の税制改正の注目ポイントは、

1 認定要件に、従来のパブリックサポートテストに加えて、「3000円の寄付者を100人集めること」という条件が入ったこと。

2 金融機関が「寄付目的信託」を設計すると、利子非課税などの特典がお客様に与えられるようになる、「日本版プランドギビング信託」が制度化される見込みがあること。

だと思っています。

この2つですが、何故メカニズムとして注目するかというと、

もし、全4万のNPOのうち、1万の団体が仮認定を求め、「3000円ルール」を適用したとすると、これは、1万x100人=100万人の人が、「NPOを支援する」という体験をするということ。さらには、100人の支援を得るためには、おそらく3-500人に呼び掛ける可能性があるため、これは、これからの数年間に、500万人くらいの人が、NPOが持つ夢や、取り組んでいることを「知る」ということでもあります。

このインパクトは、とっても大きい。

日本社会は「実体験」型社会です。哲学、理念だけで変われない。でも、社会が共有する実体験があると、一気に変わってしまう可能性のある社会です。

もうひとつが、日本版プランドギビング信託。

これ、信託制度になじみのない方には、分かりにくいかもしれません。

米国で十二兆円の残高になっている寄付信託
信託化して、毎年一定額を計画的に寄付。死亡すると残余信託は寄付
信託化したのち、毎年一定額を年金として給付を受けられる(信託の30%まで)
運用益非課税、寄付額に対しては50%の税額控除適用

というのがポイントです。

でも、この制度が強力なのは、一点。

全国の金融機関で、お客様に「寄付」を勧める信託商品が生まれるということです。

信託銀行だけとっても、全国に窓口・営業マンは6000人います。

都市銀行、地方銀行なんかもいれたら、一体何十万人なんだろう。

やっぱり、今日現在、フツーの人が人生とおカネについて相談しようと思ったら、地域のNPOセンターより、オンラインの寄付サイトより、近所の金融機関になります。

そこで、「最近では、社会貢献できる、こんな金融商品もありますよ。一応、税金も還付されますし、手続きはこっちがやりますが・・・」みたいなコミュニケーションが全国で起こる。

信託の寄付先は、寄付者が自由に設定できるので、NPOにとっては、多くの支援者を持っていることが大切になります。

これまでの公益信託って、手続きが面倒で、寄付者が、寄付先を指定できないんですよね。だから、一億円くらいないと銀行も相手にしてくれないし、しかも、寄付者には達成感がない。

でも、この商品は身近です。

今、金融機関でおこりつつある変化。これも、先ほどのワールドビジネスサテライトで見て取れます。
この変革を生み出してきた、信託協会と住友信託銀行のみなさんには、大変敬意を表したいと思います。

寄付白書によると、寄付者の66%は2つ以上の団体に寄付しています。

「一度寄付した人は、他の団体にも関心を広げ始める」というのが日本の寄付者像。

そのきっかけを全国に広げるという意味において、日本版プランドギビング信託には期待しています。

昨夜のワールドビジネスサテライトで、寄付市場が始動!という特集をやってくれました。

僭越ながら私も寄付白書のご紹介とともに、登場してコメントさせていただきましたが、
「いよいよ、日本でも寄付が本格的に動き始めた」というテーマで、千葉のマリンスタジアムの芝生張替に一億円以上の寄付が集まった話や、JustGiving,寄付税制など様々な取組が紹介されました。


その中でも・・・・・(涙)

「日本版プランドギビング信託」、TV初登場!!!

1月中旬に、日経と朝日の1面で取り上げていただいてはいたのですが、TVでは初めての登場です。

しかも、三菱信託銀行のみなさんが、この商品をどうやって魅力あるものにするのかを検討する会議の場面が出てきていて・・・・

これですよね。金融機関は、おカネのあるお客様を持っている。その人たちが、商品として寄付信託をおススメするという状態の強さ。

資金の流れを生み出すには、資金の持ち手との距離感で、最適ポジションにいる人がおススメするのが一番なんです。

これが鉄則。

いままで、NPO側という、受けてに近い目線で、資金の流れを生み出す努力は数多くあるのですが、「受けて目線」というところが、今年の最大のポイントかもしれません。

「寄付者が主役になる時代へ」

今日の朝刊では、信託協会が、後見制度に信託契約を導入することのできる商品も提供をはじめるようです。

こうしたものがパッケージとなって、シニアの個人金融資産820兆円に動きが出てくると、日本経済も活性化すると思っています。

いやあ、嬉しいなあ。

いよいよ、今日からファンドレジング日本。今日はプレイベントです。

この税制改正にとても頑張ってくれた岸本周平議員(和歌山1区選出)のところにもご訪問するツアーがあります。お会いするの、楽しみだなあ。

さあ、次は国会ですものね。自民党、公明党などの野党のみなさん、よろしくお願いしますよ!!

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