ファンドレイジング道場

民間非営利組織(NPO)や社会起業家のファンドレイジング(資金調達)についての考え方、アイデア、事例などを発信しています!

カテゴリ: いい発想を生む格言集

日曜日は、とてもいい天気でしたね。

今日は、所沢の航空公園に家族で出かけました。航空公園には、日本の航空発祥の地ということで、航空機の博物館(所沢航空発祥記念館)があります。いろんな航空機が展示されていたり、フライトシュミレーターで遊べたりするので、長男がとても好きな場所です。

今日は、その博物館で上映されているI-MAXの40分くらいの映画を見ました。


タイトル:「愛と勇気の翼」(上映時間約40分)

1930年代の郵便飛行のパイロットの物語。南米の雪山に不時着したパイロットが家族や仲間の愛に支えられ、奇跡的な生還を遂げるまでを描いた作品です。

いやー、1930年代って、郵便物をはじめて飛行機の定期便で送ろうということが始まりつつあったころなんだそうです。当時は、セスナ機程度の一人乗りの飛行機で、アンデス山脈を越えてヨーロッパからの郵便物を届けるというのが、常に生死と隣り合わせの事業だったようです。

この実話でも、郵便飛行のパイロットは、社会的な英雄として描かれています。

この主人公を見ていて、ある言葉を思い出しました。

「人生の目的は、目的のある人生を送ることである。」(出典不詳)

自分の目的は何なのか、その目的の目的は何か、を常に追いかけ続けるということの意味を考えさせられました。




経営学の大御所、ミンツバーグ氏が、いいことを言っていました。

「戦略を練るとき、ほとんどの人は論理と分析の能力に富む左脳を使う。その結果、理屈に合わない代替案を排除するので選択肢が少なくなる。戦略づくりには、もっと直感や創造性に強い右脳を動員する必要がある。」

これは、まさにそのとおりだなと感じます。

NPOにとって経営戦略を練る時、現状から合理的に完璧なロジックを組み立てて戦略を考えたとしても、ある意味、本当の「戦略的」な思考となっているとはいえません。

なるほどと感じさせる、さすがのミンツバーグの言葉です。

中国の後漢に、崔子玉という賢人がいたそうです。

彼の「四殺」という座右の銘があります。

人は欲を持つことで自分を殺し、

財産を残すことで子孫を殺す。

政治を間違うと民を殺し、

学問教育を間違うと天下を殺す。



後漢というと、今から約千八百年前の時代です。その時代にして、既に「財産を残すことで子孫を殺す。」ということに対する警鐘が打ち鳴らされていたということは、大変興味深いことです。

西郷隆盛の「子孫に美田を買わず」もそうですが、中国の賢人にも、日本の指導層にも、子孫のために財産を残しすぎるのはよろしくないという認識は古くからありつつも、一方で「子孫に資産を残してあげるのが、親心である」という認識も社会に強く根ざしています。

これは、単にこうした資産を寄贈する先(受け皿)が未整備だったためなのか、それとも私たちの社会の中で、「子孫に美田を残す」ことに文化的・宗教的な背景があるのか。

欧米社会で、「財産を残すことで子孫を殺す」という崔子玉の発想は、恐らく多くの知識人にとって、幅広く受け入れられている考え方であるという気がするだけに、日本社会で崔子玉や西郷隆盛の考え方が定着していくためのボトルネックが何であるのかを引き続き考えていきたいと思います。

週末に、ビデオ屋さんで、「男たちの大和」という映画を借りてきて、家族で見ました。

第二次世界大戦末期の、戦艦大和の沖縄への出撃で死んでいった若者達が、何を考え、何を想って死んでいったのか、戦いのすさまじさと悲惨さも表現しつつ作成された、大変迫力のある仕上がりとなった映画でした。

主人公の男性は、15歳にして沖縄出撃に参加し、一命を取りとめますが、その後、60年間、「自分は何故生き残ったのか」という自問から抜け出せないでいます。

もうすぐ終戦記念日ですが、あらためて、戦争という荒波に人生を狂わされてしまった世代が、この日本には確実に存在したことを想起せざるを得ません。

先日、友人から暑中お見舞いが届きました。

その葉書には、こんな一文がありました。

「なんとなく無駄に過ごしてしまった日
勇気が出ずに一歩が踏み出せない時、
ふと目にした言葉が背中を後押しすることがあります。

自分がむなしく生きた今日は、
昨日戦火に震えていた人が
あれほど”生きたい”と願った明日


うだるような暑さの中でも、焦らず負けず、
確かな一日を過ごしたいと想います。」

映画の中でも、これから死にゆく自分達の死の意味について「俺達の死が、次の生まれ変わった新しい日本の礎となるんだ」と語るシーンがあります。

是非、日本を、夢のある、住みよい社会にしていきたいと思います。

作家の井上ひさし氏の名言に、

「むずかしいことをやさしく、
やさしいことをふかく、
ふかいことをおもしろく。」


というのがあります。

これは、NPOの経営を考えるうえでもいいことばだなあと思います。

ともすれば、NPOで行っている活動を説明したり、あるいは事業上の決断をするときにも、丁寧に詳しくしたいという気持ちから、難しくしてしまうことがあります。

さらに、この言葉のいいところは、「ふかいことをおもしろく」のところだと思います。

やさしく、ふかくのつぎに、おもしろく。

人になにかを感じさせる商売である作家業を長年してきた井上ひさしさんの言葉は、NPO経営を考えるうえでも至言といえないでしょうか。


「人は、人に与えるのであって、組織に与えるのではない」

ファンドレイジングを考える際に、常に考えさせられる言葉です。

アメリカでファンドレイジング仲介NPOで働いていたとき、とにかく驚いたのが、「一人一人の寄附者を徹底的に大事にする」という、地道な作業の積み重ねを行うスタッフの姿でした。

団体のミッションが素晴らしいとか、活動が信じられるものであるとかいったことはとても大切なことではありますが、それだけでは、寄付は集まらない。

団体の知名度をあげるための広報活動ももちろんやりますが、最後は、事務局スタッフ個々人が、どれだけ寄附者と個人的な信頼関係を築いていけるかが勝負を分ける感じがしました。

事務局のスタッフが、寄附者にとっても信頼のおける魅力ある人たちであること、そして、事務局スタッフと寄附者が個人的なつながりを持っていると感じさせる演出が非常に大切なのだと思います。

アメリカ以上に、日本社会は人のつながりが大切な社会ですので、この格言、日本でこそより大切なことだと思います。

先日、今、上野の国立科学博物館で行われている「ナスカ展」を見に行きました。

ナスカというと「地上絵」で有名ですが、私がこの展覧会で兎に角印象に残ったのは、ナスカ時代の土器の絵柄がやけにユーモラスというか、ほんわかしているというか、えもいわれぬ「余裕」のある表情をしてるんですよね。

ナスカ文明は、日本の縄文時代と共通点も多いんですが、自然や動物を聖なるものとして、大切にした農耕民族であり、非常に豊かな文明を築きました。

今の日本社会、どうも殺伐としていますが、ナスカの土器を見ると、忘れていた「古き良き時代」を思わせてくれるような、とても懐かしい感じにさせられました。

NPOが大きな役割を持つ社会って、恐らく、そうした、個々人がふっと感じる「染み入るような、懐かしい感覚、温かい感覚、やさしい感覚」というものを、もっと日常でも呼び起こさせるような社会ということではないかという気がしました。

その話とは直接関連するわけではないんですが、金曜日の夜、私の部下が1人異動になったので、新宿で飲んでいました。

そしたら、飲み屋に飾ってあると教えてもらった出典不詳の色紙に、こんな言葉が記してありました。

「何事も
   死ぬ気でやれば
    死ぬぞ」


この色紙の格言、よくいわれるのは、「何事も、死ぬ気でやれば、必ず達成できる。」とかポジティブに書いてあるもんですよね。でも、いまの忙しい世の中を言い表しているようで、思わず笑ってしまいました。

私も、色々手を広げてやっていて、ファンドレイジング道場も一日一投稿を基本パターンにしていますので、よく「大丈夫?」と心配していただくこともありますが、自分のペースを大事にして、

「何事も
   楽しんでやれば
    疲れないぞ」


という心構えでいきたいと思います。




今日から、新たなカテゴリーとして、「いい発想を生む格言集」というコーナーを設けました。ファンドレイジングについていろいろ勉強していく過程で、びびびびっとくる一言や格言に出会うことがあります。

そうしたものに出会ったときって、「おーっ」というような感動があるんですが、スグ忘れちゃうんですよね。

そうした一言をこのコーナーで紹介していきたいと思います。

第一号は、進化論で有名なダーウィンです。

最も強い者が生き残るのではない

最も賢い者が残るのでもない

唯一生き残るのは変化する者である

ー「種の起源」C・ダーウィン

以前、恐竜が何故絶滅したのかという話に絡んで、「環境への過剰適応」という用語を知りました。

この話は、実は組織経営にも通じるんですが、恐竜は、特定の環境に最適な生態にどんどん特化していったために、ちょっとした環境変化にも対応できなくなってしまったという説があるんです。このことから、組織経営でも、過去の成功体験やこれまでの実績という「環境」に適応しすぎると、外部環境の変化に乗り遅れて絶滅(衰退)してしまうという警鐘になっています。

経営とは「変化」を企画し、実践することである。

というのはどうでしょう。今、勝手に思いついた格言ですが。

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