昨日、内閣府主催の共助社会づくりシンポジウムに登壇してきました。

なんだか・・・感じたこと。丁度、週末に帝京大学と早稲田大学のラグビーの決勝戦を見てたので、なんだか、ラグビーなイメージが生まれたんです。日本を変えるっていうのは、アメフト的というより、ラグビーなんだなと。

第一部のパネルディスカッションで、NPO法施行からの15年を振り返るというテーマでのお話を観客席で聞きながら、かつて、NPO法がなく、NPOっをて何なの!?っていう時代から、最初の扉を開けて、逆風の中、ラグビーのフォワード(スクラムとかやる人たち)が「縦へ、縦へ」とアタックを繰り返すように、ひとつひとつゲイン積み上げてくれた世代がいて、今、社会に役立ちたい人が7割、NPOを信頼する人6割(以前は3割)という、やっとバックスがランを展開できる時代が来ている。そんな気がしたんです。相手は超強力重量フォワード要する官僚機構だったり、日本社会だったりしたんです。

この5年くらいみていても、ものすごく魅力的な人たちがどんどんこのソーシャルセクターに入ってきている。働きながらの人も、やめて起業や転職する人も、会う人会う人、ものすごくイイ。瞬足でスゴイステップを踏んで華々しく走る。社会もそこに注目する。でもこのランが生まれているのは、フォワードが地域をゲインして、フィールドに空間を生み出していてくれたからこそなんだと。

でも、トライを生むためには、「トータルラグビー」。バックスがタックルでつかまると、再びフォワードがボールを確保して、再び「縦へ、縦へ」と突き進む。相手のフォワード、バックスがその突進に巻き込まれて、空間が生まれる。そしてバックスに展開する。ときには、フォワードがバックスの先にランで走る。このバックスとフォワードの一体感がトライを生む。

もうひとつ。私が前働いていた組織は1300人とか職員がいて、今の私の組織内の同僚の十数人とは比べられないくらいの規模でしたが、なんだか、このセクターで働いていると、「同僚」がすごく多いような錯覚にあうんです。第二部のパネルディスカッションで、JustGivingの佐藤さん、サム学の長岡さん、ACEの岩槻さんとご一緒しながら、みんな別の組織でやってるんだけど、パネルディスカッションとかすると、ものすごく、「一緒にやってる仲間だ」という感覚になる。組織を超えて、何万人もの同僚がいる感じです。

アメフトと違って、前にパスできないんです。日本社会を変えるには。誰かが先にいって、誰かがつぶれ役を引き受けて、後から走ってくる「仲間」にパスをする。そこに、仲間が走りこんでることを信じて。そして、その仲間がボールを前に運んでくれることを信じて。そして、自分は、タックルでつぶれても、痛んでも、すぐに立ち上がって、ボールを託した、先を走っている仲間のサポートに走る。そして、パスを受けて、後ろから走ってくる仲間につなぐ。

そんな感覚になったシンポジウムでした。ラグビー知らない人、すみません