堺の代表的な人物として、千利休という茶人がいます。

秀吉に登用され、寵愛されながら、途中からだんだんと関係がおかしくなり、最後は切腹を命じられてしまいます。

その、決定的なきっかけとなったのが、千利休の京都大徳寺への寄付だったんです。

京都大徳寺の修復のために、千利休は、個人的に寄付をします。

そのこと自体は、誰からも非難を浴びる話ではなかったのですが、お寺側が、感謝の意を表そうとして、千利休の木像を、お寺の入り口の山門の上に飾ったんですね。

ただ、よくなかったのは、この山門、秀吉がお寺に訪問するときにもくぐる門だったために、「秀吉を見下ろしている」というご注進が入ることになってしまいます。

おそらく、そういうつもりは千利休には全くなかったのだと思いますが、それまでの千利休の言動に、フラストレーションをためていた秀吉は、ついに堪忍袋の緒が切れたみたいになるという流れです。

寄付への感謝の仕方も、一歩間違えると大変なことになるというエピソードですね。