堺の町というと、古来商人の町ですよね。

しかも、いつの時代も、時の政権から一歩距離を置いているというか、そうした自立心的なところのある町です。

この堺の町、寄付についてもいろんなエピソードがあります。

まずは、豊臣秀吉が大阪城を建設するとき。


この時、秀吉は、堺の町の商人たちに、大阪城建設への「寄付」を求めます。

政府の立場(しかも絶対君主)なのに、徴税ではなくて、「寄付」を求めるということが興味深いですが、そこは、堺の商店主たちは、しかたありませんから、寄付として協力します。

秀吉も、さすがに巨額の寄付を要求したからなんでしょうが、大阪城が完成したのちに、堺の商店主たちを招いて、感謝の宴を開いたといわれています。

秀吉のやったDonor Stewardship(寄付者への感謝)ですね。

ちなみに、

明治維新以降、いったん焼け落ちていた大阪城の天守閣を、昭和になってシンボル的存在に復興したいという声があがり、1928(昭和3)年、当時の市長が復興を決めます。そうすると、なんと市民から現在の価値で600億円ほどの、膨大な寄付が集まり、1931(昭和6)年に鉄筋コンクリート造りで完成しました。

大阪城、出来あがる時も、修復も寄付だなんて、さすが関西人のシンボルですねえ。