もうひとつの日本の非営利セクターのルーツは、協同組合的な組織です。

 日本における協同組合の生まれは、「たのもし講」と呼ばれるグループ内のマイクロ・クレジットを通じた相互扶助システムで、中世期に中国からその手法が伝わったとされています。  

 こうした日本における相互扶助組織は、近代にいたるまでの歴史を通じて、活発な活動を展開してきています。「隣組」は、同一地域における10から20世帯がひとつのユニットになるというイメージで捉えていただければと思いますが、徳川時代には全国に広がりを見せています。

 もちろん、「隣組」は、政府(幕府)が住民を管理し、コントロールするための末端ユニットの機能を期待して作られたものであったんですが、そうした、「当初政府が想定した機能」を超えて、住民の相互扶助による社会サービスの補完機能を有していたと評価されている面もあります。また、明治維新以降も「街会所」と呼ばれた組織のように、農作物を共同管理したり、金融機能を有したり、地域内の貧困者への支援を行う準「隣組」型組織も主要都市や村落に派生して形成され、1972年の調査では、その運営資金の70%は寄附や会費であり、30%が行政からの補助という、独立性が相対的に高いものとなっていたようです。

 農村社会型の社会構造であった日本社会では、こうした「地域共同体」がかなりフィットしたことは事実のようです。実際、国際協力の世界でも、途上国の農村でまさに作ろうとしている村落共同体的組織というのが、明治時代の「街会所」や「隣組」的な機能ときわめて類似しているというのも、なかなか興味深いところです。