昨日、日本における最初の非営利セクターの活動は、仏教の実践と大きく関連していたといったルーツについてご紹介しました。

聖徳太子は、日本国内では優れた国家元首としての評価が知られていますが、彼自身のもうひとつの側面は、フィランソロフィスト(慈善活動家)としての評価です。

彼自身、6世紀から7世紀にかけて、いくつもの寺院を建設し、その寺院において障害者や貧困者の生活支援を行っています。こうした動きを皮切りに、仏教寺院を拠点とした事前活動は13世紀、任政という仏教指導者の下で更に強化され、拡大していきます。

聖徳太子って、7人からかの話をいっぺんに聞けるとか、「和をもって尊しとなす」といった言葉で有名ですが、慈善活動家的な側面があったというのはなかなか面白いところです。

 しかしながら、更に面白いのは徳川時代に入ってからの仏教寺院とチャリティーの関係です。徳川時代に入り、徳川幕府の政策により、仏教寺院において住民の戸籍管理を行うこととなってから、このムーブメントは急速に減退したようです。いわゆる「檀家制度」と呼ばれるこの新施策は、個々の寺院の努力に関わらず、地域毎に半強制的に檀家を決定するというものです。その結果として、各寺院は自動的に収入源が決定し、安定的な収益が約束されることになっちゃったようです。

 そうすると、各寺院は檀家を増やそうとするモチベーションを失い、潜在的顧客を開拓するようなチャリティーといった行動に出ることが極端に減少したようです。

 アメリカでも、NPOセクターが急成長したひとつの要因にあげられるのがプロテスタント教会の各派の競争があります。プロテスタント教会(カトリックと違い、プロテスタントは各派に細かく分かれている)では、宗派ごとに信者獲得競争が激しく、それがアメリカでは「チャリティー競争」となって現れたという分析があります。

 その結果、NPOへの資金還流が教会を通じて進んだというのが、アメリカNPOセクター成長の一因だというのです。

 日本では、江戸時代に、幕府は、寺院同士にまったく競争をさせないという施策をあえてとりますので、そのことが、日本国内における「宗教的チャリティ活動」を減退させた要素は大きいように感じます。

 坊さんだって、目の前に何か目標がないとやる気でませんもんね。